東京地方裁判所 平成5年(ワ)24611号 判決
原告
佐藤光吉
右訴訟代理人弁護士
栗原浩
同
関口裕
被告
株式会社千葉銀行
右代表者代表取締役
玉置孝
右訴訟代理人弁護士
長野法夫
同
富田純司
同
宮島康弘
同
布施謙吉
被告
日本生命保険相互会社
右代表者代表取締役
伊藤助成
右訴訟代理人弁護士
坂本秀文
同
山下孝之
同
長谷川宅司
同
今富滋
同
織田貴昭
同
嶋原誠逸
右坂本秀文訴訟復代理人弁護士
千葉秀郎
右嶋原誠逸訴訟復代理人弁護士
磯田光男
被告
三井生命保険相互会社
右代表者代表取締役
坂田耕四郎
右訴訟代理人弁護士
泉弘之
右訴訟復代理人弁護士
山崎善久
被告
日本団体生命保険株式会社
右代表者代表取締役
板橋真次
右訴訟代理人弁護士
遠藤誠
主文
一 被告株式会社千葉銀行は、原告に対し、別紙物件目録一ないし九記載の土地及び建物について別紙登記目録一及び二記載の各根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告日本生命保険相互会社は、原告に対し、金一億〇四二四万七〇〇〇円を支払え。
三 被告三井生命保険相互会社は、原告に対し、金一億八五八七万七〇〇〇円を支払え。
四 被告日本団体生命保険株式会社は、原告に対し、金二億九〇一二万一〇〇〇円を支払え。
五 原告のその余の主位的請求を棄却する。
六 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
1 主文第一項に同じ。
2 被告日本生命保険相互会社は、原告に対し、金一億〇四二四万七〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 被告三井生命保険相互会社は、原告に対し、金一億八五八七万七〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
4 被告日本団体生命保険株式会社は、原告に対し、金二億九〇一二万一〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告らは、原告に対し、連帯して金七億〇〇〇九万〇三七七円及びこれに対する平成二年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告株式会社千葉銀行(以下「被告銀行」という。)から保険料相当額の金員を借り入れ、生命保険会社であるその余の被告ら(以下「被告各保険会社」という。)にこれを支払って変額保険に加入した原告が、被告らの各担当者による変額保険の勧誘行為における説明が不十分であったこと等を理由として、主位的に、変額保険契約、融資契約及び根抵当権設定契約について詐欺を理由とする取消し、錯誤による無効、又は債務不履行に基づく解除を主張して、被告銀行に対しては根抵当権設定登記の抹消登記手続を、被告各保険会社に対しては支払った保険料の返還を求め、予備的に、被告らの共同不法行為を主張して、支払った保険料及び借入利息相当額等の損害の賠償を求めた事案である。
一 前提となるべき事実(当事者間に争いのない事実を含む。)
1 原告は、大正一一年五月一三日生まれで、千葉県八千代市に多数の不動産を所有し、農業に従事する者である。原告には、妻佐藤貞子(大正一四年一二月六日生)、長女大西優子(昭和二六年七月三日生)、養子(次女の夫)佐藤章夫(昭和二六年一〇月二三日生)、次女佐藤冨美江(昭和二八年七月二五日生)及び長男佐藤吉嗣(昭和三一年一月六日生)がいる(甲第一四ないし第二三号証、戊第七号証の二)。
2 原告は、平成二年九月二〇日、被告日本団体生命保険株式会社(以下「被告日団」という。)被告日本生命保険相互会社(以下「被告日生」という。)及び被告三井生命保険相互会社(以下「被告三井」という。)に対し、別紙保険契約目録一ないし九記載の各変額保険契約(以下「本件各変額保険契約」という。」を申し込み、同年一〇月一日、被告各保険会社との間で本件各変額保険契約を締結した(甲第一四ないし第二二号証、丙第二、第三号証、丁第七ないし第九号証、戊第三ないし第六号証)。
本件各変額保険契約は、これを被保険者の点から見ると、原告と原告の妻とを被保険者とせず、契約締結当時三九歳の長女大西優子、三九歳の養子佐藤章夫、三七歳の次女佐藤冨美江及び三五歳の長男佐藤吉嗣(以上いずれも契約年齢)を被保険者として締結されている。保険料は総額五億八〇二四万五〇〇〇円、基本保険金は総額二四億円である。
3 原告は、平成二年九月二八日、被告銀行(勝田台支店)との間で、本件各変額保険契約の保険料及びその他の諸費用の支払に充てるため、別紙融資契約目録記載の当座勘定貸越契約(以下「本件融資契約」という。)を締結し、同日、六億円を借り入れ(乙第一号証の一、六)、右借入金の中から本件各変額保険契約の保険料等を一括して支払った。
また、原告は、同日、銀行取引等を債権の範囲として、別紙物件目録一ないし五記載の各不動産ほか三筆の土地について、極度額を一二億五〇〇〇万円とする別紙登記目録一記載の根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)を締結した(甲第一ないし第五号証、乙第一号証の七)。(本件融資契約及び本件根抵当権設定契約を併せて以下「本件銀行契約」といい、本件各変額保険契約及び本件銀行契約を総称するときは以下「本件各契約」という。)
4 その後、原告は、前記六億円の借入金の利息の支払のために、本件融資契約に基づき、被告銀行から別紙融資契約目録「貸付日及び貸付金額」欄記載の各日に各貸付金額を借り入れ、被告銀行に対し利息として支払った。
なお、平成四年七月三一日には、根抵当権を設定した前記の不動産のうち別紙物件目録一ないし五を除く物件につき根抵当権を解除し、代わりに、別紙物件目録六ないし九記載の各不動産ほか二筆の土地について、根抵当権を設定した(甲第六ないし第九号証、乙第一号証の一三、一四)。
二 争点
1 詐欺
本件各契約の締結に際し、被告らの担当者が変額保険は運用益が最低九パーセントは保証されており、被告銀行からの借入金の返済が確実であるかのように告げて原告を欺き、その旨誤信させたものであるか。
2 要素の錯誤
原告が右のとおり誤信していたため本件各契約の申込の意思表示をしたものであり、かつ、原告が被告らに対し右誤信の内容を表示していたといえるか。その錯誤につき原告に重大な過失があったか。
3 説明義務違反
被告らの担当者に、本件各変額保険契約および本件融資契約の締結について、原告に対する説明義務違反があったか。
4 共同不法行為
被告らの担当者が行った本件各変額保険契約の勧誘行為は、共同不法行為を構成するか。
三 原告の主張
1 本件各契約締結に至る経緯
(一) 原告(本件各契約締結当時六八歳)は、千葉県八千代市で農地等多数の不動産を所有し、農業を営んでいたが、近時の不動産価格の高騰によって、相続税の支払について漠然とした不安を抱いていたところ、平成二年三月ころ、当時被告銀行勝田台支店の支店長であった白石一英(以下「白石」という。)の訪問を受けた。同人は、原告の資産を守るためには相続税対策が不可欠であるが、相続税対策として大変有利な生命保険があり、保険料は全額被告銀行が貸し付けるので原告には一銭の負担もかからないこと等を説明し、変額保険の加入を勧誘した。
白石は、その後も繰り返し原告を訪問し、原告に迷惑をかけるようなことは絶対しない等と述べて、変額保険に加入するよう熱心に勧誘した。
(二) 白石は、平成二年六月ころ、株式会社千葉保険サービスセンター(以下「千葉保険サービス」という。)の金子道大(以下「金子」という。)を伴って原告を訪問し、金子が、原告に対し、持参した相続税対策のプランを示しながら、変額保険に加入すると相続税がいかに減額されるかを説明したが、変額保険の特徴や危険性については一切説明しなかった。
(三) 白石は、その後も被告銀行勝田台支店の花岡支店長代理(以下「花岡」という。)を伴って毎月数回原告を訪問し、変額保険に加入するよう勧誘した。その際、白石は、変額保険の保険料を借り入れるため、相続財産から債務額が控除されるうえ、保険金又は解約返戻金の相続税評価額が低いので有効な相続税対策になること、相続発生時には保険金が支払われ、納税資金の準備もできること、変額保険は不動産を多数所有している者しか加入できない保険であること、変額保険は相続税対策としてあまりにも効果的なので大蔵省がいつまで許可し続けるかわからず、販売できなくなる可能性が高いこと等を述べた。
(四) 原告は、相続税対策の必要性は理解できたが、借入れをして保険に加入することには抵抗を感じ、借入金の返済に不安を抱いていたが、白石は、保険料は一流の保険会社が運用をしており、運用益は最低九パーセントは保証されているので、借入金の返済は心配いらないと説明し、「千葉銀行は大事なお客様に迷惑のかかる融資は決して致しません。必ず喜んでもらえる保険です。保険を担保にできないのでお金を貸し付けるときには土地を担保にさせてもらうが、貸付金は保険金で返済されることが確実なので担保などいらないくらいなのです。ですから借入金の返済はまったく心配いりません。相続税を払っても余りが出ると思います。」などと述べるだけで、保険金が株式に投資されることや、解約返戻金が保証されていないことを疑わせるようなことは、一切述べなかった。
(五) 原告は、農業以外に他の職に就いたことがなく、銀行及び銀行員に対する絶対的な信頼を抱いていたため、銀行の支店長である白石の言葉を信用し、変額保険を運用益が最低九パーセントは保証されている安全な保険であり、その運用益によって被告銀行からの借入金の返済が可能であることは確実なうえ、相続税対策としても極めて有効なものと思い込み、子供らに相談することもなく、平成二年九月一四日ころ、変額保険に加入することを決め、白石にその旨を告げた。
白石は、原告に対し、融資額及び保険料額を六億円にすること、保険会社は三社と契約する事を説明し、原告は白石の言うことなら間違いないと考え、これを承諾した。
また、白石は当初は相続の際に支払われる保険金を相続税の支払にあてることを強調し、原告が被保険者となることを前提とした勧誘を行っていたにもかかわらず、その後、被保険者を変更しても相続税対策には違いは生じないからと説明しただけで、被保険者を原告の子供らにするようにと述べ、原告はこれも承諾した。
(六) 金子は、同月一七日に、同月二〇日の健康診断について、原告の都合を聞きに来たが、その際も変額保険の内容、条件等についての話はなかった。
原告は、同月二〇日に、白石、花岡、金子及びこの日初対面の被告各保険会社の担当者並びに被告各保険会社が指し向けた三人の医師の訪問を受け、原告及び原告の家族が本件各変額保険契約に必要な書類の該当個所に言われるままに署名捺印したが、被告各保険会社の担当者は、変額保険の内容、危険性等については何も説明せず、原告には被保険者の誰がどの保険会社のいくらの保険に加入するのかもわからないままであった。
2 本件各変額保険契約及び本件融資契約の一体性
本件融資契約は、本件各変額保険契約の一時払保険料の払込みを目的として行われ、被告各保険会社もそのことを熟知していたこと、本件各変額保険契約の引受生命保険会社は、被告銀行の白石によって決定され、保険料の払込も被告銀行から直接行われていることなどからすれば、被告銀行においては融資実績の拡大、被告各保険会社においては変額保険の販売の拡大という共通の利益のための業務提携関係が存在したといえるのであって、本件各変額保険契約と本件融資契約は、一体として成立したものというべきである。
したがって、被告らは、右一体的協力関係の下、本件各契約締結に際して以下の詐欺、錯誤、債務不履行、不法行為に該当し又はその原因となる行為をしたものである。
3 詐欺による取消し
白石は、相続税対策の名の下に、変額保険のハイリスクの面を殊更に秘匿し、また、被告銀行からの借入利息と変額保険の運用実績との比較から原告に損失が生じることがあり得ることが明らかであるにもかかわらず、借入利息の返済は変額保険の運用益で十分賄うことができ、原告に損失が生じることはない旨の説明をすることで、原告に変額保険のハイリスクの面を認識させず、借入利息の返済について運用益で賄えるので原告には何ら損失を生じることなく相続税対策ができるものと誤信させて、原告に本件融資契約及び本件各変額保険契約の締結を決意させたものである。
さらに、金子も変額保険の危険性について説明せず、被告各保険会社の担当者も変額保険の危険性について一切説明しなかった。
このように被告らの担当者が本件各変額保険契約の勧誘に際して行った一連の行為は詐欺(民法九六条)に該当するので、原告は、平成六年三月一〇日の本件口頭弁論期日において、本件各契約を取り消す旨の意思表示をした。
4 錯誤による無効
原告は、本件各変額保険契約締結当時その危険性を認識せず、被告銀行からの借入金に対する利息の返済は変額保険の運用益で十分賄うことができ、原告に損失が生じることはないと誤信して本件各契約を締結したのであり、変額保険の運用実績が悪くて支払利息を下回るため原告に損失が生じることがあり得ることを認識していれば、本件各契約を締結しなかった。
したがって、本件各契約には要素の錯誤(民法九六条)があり、無効である。
5 債務不履行に基づく契約解除
被告らは、いずれも日本を代表する有力な企業であり、変額保険に関する相続税法等本件各契約に関係した十分な知識、経験を有しているのに対し、原告は長年にわたり農業に従事してきた者でこうしたことに全く知識がないのであるから、原告に対し、多額の融資契約及び変額保険の加入を勧誘する際には、事前に十分な情報提供をし、誤解のないように説明すべき保険募集の取締に関する法律(平成七年法律第一〇五号附則二条による廃止前、以下「募取法」という。)上及び信義則上の義務があるが、被告らの担当者には、右義務の違反があり、この債務不履行に基づいて、原告は、平成六年三月一〇日の本件口頭弁論期日において、本件各契約を解除する旨の意思表示をした。
6 共同不法行為(予備的主張)
前記3ないし5の主張が認められないとしても、本件各契約は、被告らの担当者の詐欺に基づいて締結されたものであるから、被告らの担当者の本件各変額保険契約の勧誘に際して行った一連の行為は共同不法行為に該当する。
また、仮に詐欺に該当しないとしても、被告らの担当者の右勧誘行為は、変額保険に関する正確な認識を原告に与えないままされた公序良俗に反する違法な勧誘であるから、共同不法行為が成立し、被告らはそれぞれ使用者責任を負う。
原告は、被告らの右共同不法行為により、別紙損害明細書記載の損害を被った。
7 よって、原告は、主位的に、被告銀行に対し、本件根抵当権設定契約について、詐欺による取消し、錯誤による無効又は債務不履行による解除に基づく別紙登記目録記載の各根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるとともに、被告各保険会社に対しては、悪意の受益者に対する不当利得返還請求権又は原状回復請求権に基づく支払済保険料相当額及びこれに対する保険料支払の後である平成二年一〇月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
また、原告は、予備的に、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として、連帯して七億〇〇〇九万〇三七七円及びこれに対する不法行為の後である平成二年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 被告銀行の主張
1 本件各契約締結に至る経緯
白石が平成二年四月ころ、原告を訪問した事実及び白石が金子と共に原告を訪問し、金子が変額保険について説明した事実は認めるが、白石が原告に対し、変額保険への加入を勧誘した事実は否認する。白石は、原告に対し、借入金により変額保険に加入することは有効な相続税対策になると話したにすぎない。
2 本件各変額保険契約及び本件融資契約の一体性に関する原告の主張は全て争う。
3 白石は、金子を原告に紹介したにすぎず、自ら本件各変額保険契約の「締結の代理又は媒介」(募取法二条三項)行為をしたものではない。
したがって、白石には、何ら募取法に違反する行為はなかったものである。
4 白石及び被告銀行は、本件各変額保険に関しては、金子の紹介者及び保険料相当額の融資者であって、変額保険についてのリスク等の説明は、被告各保険会社の取りまとめ会社たる被告日団の生命保険募集人千葉保険サービス及び被告各保険会社がすべきことであり、被告銀行に説明すべき義務はない。
五 被告日団の主張
1 本件各契約締結に至る経緯
(一) 原告は、被告銀行から変額保険の話を聞く以前に、三菱銀行八千代支店及び青山ファイナンシャルステーションから変額保険のリスク等についての詳細な説明を受け、また、同じころ、明治生命からも同様のプランを提示されており、さらに白石からも変額保険のリスクについての説明を受けたことがある。したがって、原告は、本件各変額保険契約を締結する前には、変額保険について十分な知識を有していた。
(二) 被告日団の生命保険募集人である千葉保険サービスの代表取締役であり、変額保険販売資格者である金子は、平成二年四月ないしは五月ころ、旧知の白石から変額保険の取扱いについて問い合わせを受け、原告が三菱銀行から変額保険の勧誘を受けていることを聞き、原告が三菱銀行からもらったという変額保険のプラン(青山ファイナンシャルステーション作成、戊第七号証の一ないし三)を白石から見せられた。
金子は、そのころ、白石に連れられて初めて原告を訪問したが、初日は変額保険についての一般的な説明をし、保険料の大部分が株式投資にあてられること、株価が下がれば銀行からの借入金の元利金を支払えなくなる危険性もあることなどを説明した。
(三) 金子は、平成二年九月一四日までの間に四回位原告を訪問したが、何回目かに雑誌「日経マネー」平成二年七月号(戊第八号証)を原告に交付したが、その中には変額保険は保険料を株式を中心に運用し、その運用実績は株式市場の動向に大きく左右され、株価の低いときに加入すればその後の運用実績が良くなる等の記載がある。
金子は、原告が右記事中の「日経平均株価」という言葉を見て、その言葉を前から知っているような返事をしたので、原告が株式投資の経験があり右記事を理解していると確信した。
(四) 金子は、保険料を一二億円程度と考えていた原告に対し、「変額保険はリスクがあるので引受会社を分散し、保険料の総額を六億円位に縮小しなさい」と助言し、その結果、保険料は約六億円になった。
(五) 原告は、本件各変額保険契約の申込み以前に、被告日団からパンフレット(戊第一号証)、ご契約のしおり・約款(戊第二号証の一)及びその追補版(戊第二号証の二)を受領しており、これらには、解約返戻金は運用実績に応じて増減し、最低保証はないので払い込んだ保険料より少額になる場合があることが記載されているうえ、運用実績九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントの場合を例示した解約返戻金の表も記載されている。
なお、平成元年一〇月ころから、変額保険が株価の値動きに連動するリスクを伴う商品であることがテレビ、新聞及び雑誌などで広く取り上げられていた。
(六) 金子は、原告に対し、変額保険は相続税対策の一つの方法にすぎないという話をして、原告の知り合いの税理士に相談することを勧め、原告は顧問税理士の下山税理士と相談した結果、変額保険に加入することを決めた。
2 原告は多数の不動産を所有し、株についてもかなりの知識を持っている者であって、その経済的な判断能力は十分であった。しかも、原告は、三菱銀行八千代支店、青山ファイナンシャルステーション、明治生命及び白石から変額保険のリスク等についての説明を受けており、変額保険について十分に理解していた。加えて、金子も説明を尽くしているのであって、本件各変額保険契約の勧誘における金子及び被告日団の落ち度は全くないというべきである。
3 変額保険においては、基本保険金額は最低の保障であって、死亡、高度障害のときにそれ以上の保険金が支払われ得るところに「変額」の意味がある。中途解約の時に支払われる解約返戻金は、普通の定額保険の場合でも支払保険料を下回ることがいくらでもあり、本件各変額保険契約においても右に述べたとおりそのことは十分原告に知らされていた。原告は、バブル経済がはじけて担保不動産の価値が下落したことに驚き、被告銀行が本件各変額保険契約の被保険者の死亡により支払われる死亡保険金(基本保険金だけで二四億円)によって貸金元利金が支払われればよいと思っているにもかかわらず、これから中途で解約したら損をしそうだと考えて本件訴訟を提起したにすぎない。
六 被告日生の主張
1 本件各契約締結に至る経緯
(一) 原秋良(以下「原」という。)は、平成二年当時、被告日生千葉中央営業部の営業部長であり、内田俊子(以下「内田」という。)は、同部の営業職員であり、いずれも変額保険販売員の資格を有していた。
(二) 内田は、被告銀行の花岡から、被告銀行の取引先に変額保険の加入を希望している顧客がいるので紹介すると言われ、原及び内田が平成二年九月初めころ花岡を訪ねたところ、原告について、被告日団の代理店である千葉保険サービスの金子から変額保険の特徴と仕組みについて説明を受けて、十分理解したうえで加入を決めているということを聞かされた。
そして、原告の加入する変額保険のうち、被告日生との契約の内容の詳細及び申込手続日については、後日取りまとめ会社である被告日団から連絡することとなった。
(三) 原らは、平成二年九月二〇日、原告宅を訪問し、変額保険の保険約款全文が記載され、変額保険の特徴と仕組みをわかりやすく解説している「ご契約のしおり」等の文書を原告に交付し、被保険者らの診査をしたうえで、同日、原告から本件各変額保険契約の申込みを受けた。
2 原告は、変額保険の仕組みについて十分理解したうえで、あらかじめ本件変額保険契約の被保険者及び保険金受取人を指定していたものであり、しかも変額保険においては資産運用の結果が保険会社ごとに異なることを踏まえて、被告日生を加えて三社を引受保険会社とし、運用リスクを分散させたのである。
七 被告三井の主張
1 本件各契約締結に至る経緯
(一) 被告三井池袋支社第五営業所長米本敬一(以下「米本」という。)は、平成二年初めころ、被告日団の渡辺文憲(以下「渡辺」という。)から、被告日団の代理店である千葉保険サービスの顧客である原告が変額保険の加入を検討しており、保険料は被告銀行から融資を受けるが、被告日団一社では引受限度額を超えるので、被告三井も共同で引き受けてくれないかとの打診を受けた。
米本は、被告三井の基準に合致すれば契約は可能であるし、必要な書類は請求があれば送付するので、被告日団で交渉を続け、加入が具体化したら連絡がほしいと答えた。
(二) 米本は、平成二年三月ころ、渡辺から設計書の送付を依頼され、被保険者である佐藤冨美江らの年齢、予定保険額等を聞いて保険設計書を作成し、渡辺に送付した。
(三) 米本は、平成二年七月上旬、渡辺から原告に会って挨拶することを勧められ、農業従事者である原告の変額保険に対する理解を確認する意味もあって、金子の案内で原告を訪問した。
米本は、原告に対し、今回の保険の申込みは高額であるため、被告日団一社では引き受けられないので、共同引受会社として被告三井も加えてほしい旨を説明した。このとき、原告は、多額の資金の借入れについて、将来金利が上がれば多額の借金だけが残ることになり不安だと話しており、米本は、これを聞いて原告が変額保険のリスクも十分承知していると考え、改めて変額保険の仕組み等についての説明はしなかった。
(四) 米本は、平成二年九月一七日、渡辺から、原告が変額保険の加入を決意し、申込書作成を同月二〇日に、被保険者の診査を同日及び翌二一日に行うとの連絡を受け、被告三井の引受額と被保険者名等についてのファックスを受け取り、被保険者ごとに、約款、パンフレット、保険設計図書及び申込書各三組を封筒に入れて用意した。
被告三井池袋支社第五営業所の副所長であった市川直也が、同月二〇日、嘱託医と共に原告宅を訪れ、原告に右三通の封筒を交付して約款受領の印をもらい、被保険者の診査及び契約書類への署名押印を済ませた。
2 被告三井が原告に交付した約款及びパンフレットには、解約返戻金の例示や運用実績例表の記載があり、解約返戻金が元本割れすることもある旨が示されており、被告三井は、これらの書面により、変額保険の特殊性について十分原告に告知している。
3 原告は、被告各保険会社の取りまとめ会社である被告日団の担当者から変額保険がリクスを伴う契約であることの説明を十分受けており、その上で本件変額保険契約の締結を決意したものである。
第三 当裁判所の判断
一 証拠(甲第二三号証、乙第二号証、丙第一、第四号証、丁第一、第二号証、戊第二号証の一、二、第七号証の一ないし三、証人金子道大、証人白石一英、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。
1 原告は、大正一一年五月一三日、千葉県八千代市の専業農家の長男に生まれ、昭和一〇年に尋常小学校を卒業して以来、家業の農業に専従してきた。原告は、長男として家督を継いだ結果、同地に農地等多数の不動産を所有している。
原告は、かねてから家督の継承者として先祖伝来の農地を次代に引き継ぐ責任を強く感じており、また、専業農家にとって生活の糧である農地を守ろうとする気持ちが強かったが、平成二年ころから、原告所有地周辺の地価の著しい高騰や農地の宅地並課税の実施によって、相続税について心配するようになり、農協の相続税の説明会に参加するなどした結果、農地を守るための相続税対策の必要性を感じるようになった。
当時、原告の家には、建設業者各社が競って、相続税対策としてのアパート建築を勧めに日参しており、原告自身もアパート建築による相続税対策を検討していた。しかし、アパートを建築して人に貸すと土地が戻ってこなくなることを懸念し、決心が付きかねていた。
2 原告は、平成元年一二月ころ、三菱銀行八千代支店の行員及び青山ファイナンシャルステーションの担当者の訪問を受け、相続税対策として変額保険に加入する方法があることを聞き、平成二年二月ころには、両者の再度の訪問を受け、パンフレットや企画書(戊第七号証の一ないし三)の交付を受けたが、保険会社の勧誘員をあまり信用していなかったし、そのころ原告が検討していた相続税対策はアパート建築であったことから、変額保険の勧誘には関心がなく、ろくに説明も聞かず、右資料についても十分検討することなしに、両者を追い返してしまった。原告は、交付を受けた翌日には、原告宅を訪れた知人である三奈建興の坂本部長に、話題に上ったついでに、求められるままに右資料をあげてしまった。
なお、右パンフレットや企画書は、いずれも変額保険の相続税対策としての有利さのみを強調して作成されたものであり、戊第七号証の一は、「老後保障・相続税対策に最適な変額保険のしくみ」と題するパンフレットであって、土地が高騰する時代の相続税対策として変額保険が最適である旨を大ざっぱなグラフ等を用いて抽象的に説明しているものにすぎず、戊第七号証の二は「PF型相続対策・ファイナンスプラン企画書」と題する書面であって、原告とその家族が合計約一二億円の保険料の変額保険に加入した場合の解約返戻金と死亡保険金の推移を示す表などからなるものであるが、借入金利は7.5パーセント、変額保険の運用は九パーセントとする場合のみを掲げており、それ以下の運用の場合についての記載はない。また、戊第七号証の三は、「PF型相続対策・ファイナンスプラン」と称するパンフレットであり、青山ファイナンシャルステーションの社内研修用に作成された資料のようなものであるが、これにも変額保険のメリットだけが記載され、リスクについての記載はなく、借入金の累計、解約返戻金、死亡保険金の推移を表にした「運用計画表」は、借入金利が7.5パーセント、変額保険の運用が九パーセントを前提に記載されている。このように青山ファイナンシャルステーションが原告に交付したパンフレットや企画書から変額保険の仕組み自体に内在するリスクや運用が九パーセント以下になる場合があることを読み取ることはできない。
3 原告は、安定収入を得るために、平成元年五月ころに貸倉庫を建築したが、この際、従前から原告と取引があった三菱銀行八千代支店とではなく、これよりも有利な融資条件を提示した被告銀行勝田台支店との間で融資契約を締結し、被告銀行との取引が始まった。
被告銀行勝田台支店は、支店設置の登記がされ(商法一八八条二項、六五条)、商法上の支店としての実質を有し、その支店長は被告の営業に関する行為について代理権を有するが、平成二年二月に被告銀行の流山市江戸川台支店の支店長から八千代市勝田台支店の支店長に転任したばかりの白石は、同年三月初めに、原告の知人である三奈建興の坂本部長から、三菱銀行八千代支店及び青山ファイナンシャルステーションが企画、立案し、原告に交付した前項の資料(戊第七号証の一ないし三)の写しをもらいうけた。
白石は、新たな勤務地の支店長として実績を上げることに意欲を燃やしていたことから、約一二億円に上る保険料を全額銀行融資によって賄うという右の企画を目の当たりにして、ここは何とか被告銀行勝田台支店において同様の企画をし、実現させようと考え、かねてから取引のあった千葉保険サービスの金子に右資料を見せて、同様の企画が可能かを問い合せたところ、千葉保険サービスは被告日団の保険募集人であり、金子は変額保険販売資格者であったことから、金子は白石に対し変額保険の取扱いができると返答した。そこで、白石は、同年三月下旬に原告を訪問して、相続税対策の必要性を説く一方、相続税対策として大変有利な生命保険があり、保険料は全額被告銀行が融資するので、原告は自己資金を一銭も使わなくてよい等と述べて変額保険への加入を勧めた。
尋常小学校を卒業後、農業以外の仕事をしたことのない原告は、保険会社の勧誘員などはあまり信用していなかった反面、銀行や銀行員には絶大な信頼を寄せており、とりわけ地元の一流銀行の支店長自ら足を運んでの説明ということで、耳は傾けたが、相続税対策としての変額保険加入には興味がなかったし、借金をして保険に入るということ自体が現実離れしているように感じられ、アパート建築の勧誘に気持ちが傾いていたこともあって、変額保険に加入する気持になれなかった。
白石は、その後も原告を訪問し、原告の自宅の庭のつつじの花見の宴に出席したり、原告の子供の家の上棟式にお祝いを届けたりして巧みに原告の心をとらえていった。白石は、原告といつも変額保険の話をしていたわけではなく、雑談をしながらも折に触れて変額保険の話をし、当時原告が相続税対策として考えていたアパート建築については、賃借人を捜す手間がかかりうまくいかないなどと否定的な話をして、変額保険が有利であることを強調していた。
4 白石は、平成二年六月ころ、金子と共に原告を訪問した。金子は、原告に対し、持参した相続税対策に関するプランが記載された書面(変額保険の節税効果が記載されたものと思われるが内容の詳細は不明。)を見せながら、相続税対策として、銀行借入れと変額保険を組み合わせた当該プランによれば、相続資産が控除されて相続税が減額されると同時に、支払われる保険金が納税資金の準備にもなるから非常に有利だと説明した。
このときの訪問は、金子の自己紹介や世間話が大部分で、変額保険の話は数分程度にすぎず、内容も変額保険の紹介といった程度であり、変額保険の保険料が株式投資にあてられることや株価の変動で解約返戻金が上下し、払込保険料を下回ることもあるといった変額保険の危険性に関する説明は一切されなかった。
原告は、もともと保険会社の人間を信用していなかったことから、金子の話を聞いても信用せず、変額保険に加入する意思は生じなかった。
5 白石は、原告が変額保険の加入を決める九月までの間、被告銀行勝田台支店支店長代理の花岡を伴って月に二回ないしは三回、合計一〇回以上、原告を訪問して熱心に変額保険を勧めた。白石は、その際、変額保険は不動産を多数所有している者しか加入できない保険であること、変額保険は相続税対策としてあまりに有利なので大蔵省がいつまで許可し続けるかわからず、販売できなくなる可能性が高いこと、保険料は被告銀行が融資するが、それを一流の保険会社が運用し、運用益が常に銀行利息より上回るから借入金の返済の心配は常に無用であること、運用益は九パーセントが設定条件として保証されていること、本来は保険金を担保にすればよいのだが、担保にできないこととなっているので、やむを得ず土地を担保にするが、保険金で返済してもらうので土地の担保などいらない位であること、借入れにより相続財産が減少するので相続税額が低くなり、相続のときには保険金が支払われて納税資金となり、アパート建築よりもはるかに有利であること等を述べた。
原告は、白石から右のとおり熱心な説明を受け、これを疑っていたわけではなかったが、多額の借入れをして保険に加入すること自体に抵抗を感じており、万が一借入金の返済に支障を来し肝心の農地を失うことになっては困るとの不安を抱いていたことと、アパート建築の勧誘も別途続いていたことから、心を決めかねていた。
6 白石は、平成二年九月一四日、花岡を連れて、畑で農作業をしていた原告のところまでやって来て、「今日決めてしまいましょう。」と切り出し、大きな資金力を持っている日本一流の大企業、専門家が運用するのだがら絶対に心配ないこと、運用益の九パーセントは保証され、実際の運用益はもっと大きく借入金の返済は全く心配いらないこと、アパートよりも変額保険のほうが安心で有利なことを力説した。
原告は、結局、「千葉銀行はお客様に迷惑のかかる融資は決して致しません。後々も責任を持って面倒を見ます。何の対策もとらなければ土地は守れませんよ。」と言い切った白石の熱意にほだされ、白石が衷心より原告の農地を心配してくれているものと信じ、地元の一流銀行の支店長がここまで親身になって自分のことを考えてくれるならその判断に任せようと考え、白石の人柄とその言葉を信じて、誰に相談することもなく、このとき変額保険に加入することを決意した。
白石は、この時までは、原告を被保険者とする変額保険契約を締結し、原告が死亡したときに支払われる死亡保険金で被告銀行からの借入金を返済するという案を原告に勧めていた。しかるに、白石は、右同日以前に、金子から、原告が既に六八歳五箇月に達していて被保険者としての加入年齢を超えており、原告を被保険者とする変額保険契約を締結することはできないと指摘されていたし、原告の妻も高齢な上同月一〇日から糖尿病で入院中であって、原告や原告の妻を被保険者とすることができない状況であったため、右の案では契約締結に漕ぎ着けないこととなってしまったのであったが、それまで新しい勤務地に着任したばかりの支店長として実績を上げるべく費やした大変な努力が漸く実って原告の心を完全にとらえ、自分に対する全幅の信頼を勝ち取ることに成功したことから、ここは何としてでも三菱銀行を出し抜いて被告銀行の全額融資による変額保険契約締結に漕ぎ着けたいと考え、原告に対し、まず、相続税対策の効果には変わりがないことを理由にして、二回目の相続を考えて被保険者は子供らにしたほうがいいと切り出した。しかし、問題は被告銀行からの借入金の返済原資をどうするかにあった。原告を被保険者から外す以上もはや原告死亡の際の死亡保険金を原資とすることはできないこととなっていた。そこで、白石は、原告に対し、変額保険の保険料は我が国一流の大企業、専門家が運用するから運用益の九パーセントは保証されているに等しく、実際はそれよりも相当程度高く常に銀行金利を上回る運用益が見込まれると述べ、原告について相続が発生したときには変額保険を解約すれば被告銀行からの借入金を返済できると説明して原告の不安を払拭した。原告は、白石のこの説明を聞いて、原告が死亡した時には、従前の案のときに白石が説明していたように死亡保険金が支払われるわけではないが、解約返戻金なるものが支払われることになり、変額保険の運用益が最低九パーセント保証されているので、借入金の元利合計を常に上回ることになり、銀行からの借入元利金を返済することに何ら問題はなく、死亡保険金が支払われるのと同じことになると理解した。原告は、何よりも白石を全面的に信頼するに至ったので、白石がそう言う以上全く問題はないものと考え、それ以上深く検討することはなかった。これに対し、白石自身は運用に伴うリスクを承知していたが、それにもかかわらず右のように力説したのは、右に述べたように何とかして被告銀行の全額融資による変額保険契約締結に漕ぎ着けたいという動機があったため、原告について相続が発生するのはまだ相当先のことであり、それまでの間に一時的に運用実績が悪化したとしても取り戻せるのではないかと希望的に考えたことにあったものと思われるが、それだけでなく、念のためリスク分散の目的で金子に対し引受保険会社を三社とするよう強く求め、その了承を得ていたという事情があったほか、いざとなれば合計金二四億円に上る巨額の本件各変額保険契約の基本保険金が被告銀行の貸金元利金の返済原資となると考え、自分なりに安心していたという事情もあった(もっとも、証人白石一英は、尋問の際には被告銀行本部も作成にかかった陳述書(乙第二号証)に記載されている内容を衷心に注意深く答えており、あたかも国会答弁において能吏がそつなく答えて質問を核心に入り込ませない姿を連想させる観があったほどであったため、その証言中には右の認定を支えるべき直接の証言はあまり見られない。しかし、前掲各証拠を検討して総合認定していけば、右のとおり認定することができる。)。しかし、白石は、原告に対しては自分の右判断を表に出して説明することはなく、原告は、数十年後という遠い将来の死亡保険金を支払原資とすることは全く念頭になかった。
原告は、白石の力強い説得を受け、いったん見込んだ白石の言うことであるから、その説明に何ら疑いを差し挟むことなく、全てそのとおり承諾した。
7 白石から原告が変額保険に加入することを決意した旨の連絡を受けた金子は、かねてより白石と相談のうえ、原告が契約を決意した場合に被告日団のほか被告日生及び被告三井を引受保険会社に加えることにしており、右両者の担当者にもその旨話をしていたことから、早速各社の担当者と連絡を取り、契約内容を決めるとともに、診査医をともなって原告宅へ健康診断と書類作成のために赴く日取りを同月二〇日と決め、同月一七日に、同月二〇日の健康診断について、原告に原告の都合を聞きに来たが、その際には特に変額保険の内容、条件等についての話をしなかった。
原告は、同月二〇日、花岡、金子及び被告各保険会社の担当者並びに三人の医師ら総勢一三名の訪問を受けた。原告は、面識があったのは花岡と金子だけであり、外の騒然とした雰囲気の中で一斉に名刺を出され、自己紹介があった。医師の診査の後、原告及び被保険者となる原告の家族(実子大西優子、佐藤冨美江及び冨美江の夫で養子の佐藤章夫)は、被告各保険会社の担当者の指示のままに、本件各変額保険契約に必要な書類の該当箇所に言われるままに署名捺印し、本件各変額保険契約の申込手続を完了したが、この際、被告各保険会社の担当者は、原告と初対面であるのに、事務的に事を進めるだげで、変額保険の内容、危険性等については何も説明せず、金子が確定していた被保険者、基本保険金額どおりに本件各変額保険契約を締結した(なお、別紙保険契約目録六及び九の被保険者である実子佐藤吉嗣は、翌二一日必要書類に署名捺印した。)。
なお、被告各保険会社のご紹介のしおり・約款及びパンフレット(丙第一、第四号証及び丁第一、第二号証、戊第二号証の一)は、後日保険証券と共に一式、バッグに入れて原告のもとに届けられた。原告は、いったんその人物を見込んで全てを任せた白石の説明を今更疑うような理由もなかったことから、既に加入を決断し、申込手続まで終えたこの段階で、届けられたご契約のしおり・約款等に記載された変額保険の特徴やしくみについての詳細な説明を精読して改めて検討しようなどとは考えもせず、実際にも九部に及ぶ各社の保険証券の保険金額欄を確認したのみであった。
8 原告は、平成三年一〇月ころ、変額保険の運用実績表が届けられたのを見ると、損失を示す三角印が付いており約一億円の損失となっていたが、その意味を理解しかねたため、被告銀行勝田台支店に説明を求めたところ、向井支店長代理が来たが、同人から満足な説明は受けられなかった。
このため、原告は金子に電話をしたところ、同年一一月ころ、被告日団の担当者と千葉保険サービスの平野常務が原告を訪問し、変額保険の運用には何の保証もないこと、保険料は株式に投資されており株価の変動に解約返戻金が連動すること、初年度は保険料全額は運用されておらず、二〇パーセントは準備金として残されていることなどを原告に説明した。
原告は、白石の説明と全く異なる説明に驚愕し、被告銀行の担当者や金子に抗議をしたが、被告銀行の担当者は黙るばかりで、金子は自分は勧誘しておらず、保険会社を取り次いだだけだなどと言って、責任回避に終始した。
二1 前記認定について、被告日団は、原告が変額保険について、リスクも含めて十分な知識と理解を有していた旨を主張し、その根拠として、(一)原告が三菱銀行八千代支店、青山ファイナンシャルステーション及び明治生命から変額保険の詳細な説明を受けていること、(二)金子が白石に連れられて初めて原告を訪問したときに変額保険のリスクを説明したこと、(三)金子は、原告を訪問した初めのころに、変額保険のしくみを説明したパンフレット(戊第一号証)を交付していること、(四)金子は、九月一四日までの間に四回位原告を訪問していること、(五)金子は、雑誌「日経マネー」平成二年七月号(戊第八号証)を交付していること、(六)原告は、日経平均株価を話題にし、株価の推移を見て加入のタイミングを計っていたと思われること、(七)金子が、変額保険のリスク回避のために、引受保険会社の分担と、保険料を原告が当初考えていた一二億から六億へ減額を助言したこと、(八)金子がご契約のしおり・約款及びその追補版(戊第二号証の一、二)を申込み前に交付したこと、(九)原告は、変額保険加入にあたって、顧問税理士である下山税理士と相談していることを挙げており、戊第九号証及び証人金子道大の証言中にはこれに沿う記載及び証言がある。また、被告日団は、本件各変額保険契約が、被保険者の死亡により支払われる死亡保険金(基本保険金だけで二四億円)によって被告銀行の貸金元利金を支払うことを想定していたものであるかのように主張し、証人白石一英の証言中にはこれに沿うかのような部分がある。そこで、以下、各点について検討する。
(一) 三菱銀行八千代支店、青山ファイナンシャルステーション又は明治生命の各担当者による変額保険の説明については、戊第九号証の記載中に、原告は、三菱銀行、青山ファイナンシャルステーションから入手した企画書その他の資料を持っていて、その説明を受けており、また、明治生命の担当者からも変額保険の内容について説明を聞いていたようで、変額保険についてはその有利な面についても危険な面についても熟知していたようだとの部分があり、証人金子道大の証言中にも同旨の部分がある。
しかし、前記認定のとおり、三菱銀行八千代支店及び青山ファイナンシャルステーションが作成し、原告に対して交付した企画書その他の資料(戊第七号証の一ないし三)は、白石が平成二年三月初めに三奈建興の坂本部長からその写しを入手し、白石がこれを読んで原告には変額保険に関心があると考え、原告を勧誘しようとして金子に変額保険の取扱いをしているか尋ねたという経緯であって、原告が白石にその写しを渡すなどして検討を求めたという経緯であったわけではない。むしろ、前記認定のとおり、原告は、パンフレットや企画書(戊第七号証の一ないし三)の交付を受けたものの、そのころ検討していた相続税対策はアパート建築であったことから、変額保険の勧誘には関心がなく、右資料についても十分検討することなしに、交付を受けた翌日には、原告宅を訪れた知人である三奈建興の坂本部長に、話題に上ったついでにあげてしまったのであり、それが白石の手に渡ったにすぎないのであって、原告が変額保険に加入することについて関心があったのは、原告ではなく白石であったことは否定し難い事実であるといわなければならない(もっとも、原告本人は、戊第七号証の二の記載中保険料総額一二億円という記述を全く見ていなかったし、青山ファイナンシャルステーションの担当者に被保険者の生年月日を教えたこともないと供述しているが、この部分は採用することができない。生命保険会社の担当者がさりげなく本人や家族の生年月日を聞き出したことは十分考えられ、養子の佐藤章夫の生年月日のうち日が確認できていないまま、「昭和二六年一〇月〇日」と記載されていることは、原告が日までは覚えていなかったためと考える方が合理的である。しかし、このことを考慮しても右に述べたことを改めなければならないわけではない。)。また、原告本人尋問の結果によれば、三菱銀行八千代支店及び青山ファイナンシャルステーションの担当者は、平成元年一二月と平成二年二月に二度ほど一緒に来たにすぎず、それ以後勧誘は行っていないことが認められ、前記企画書その他の資料は前記一2で認定したとおり、いずれも変額保険の相続税対策としての有利さを強調した内容の文書であり、変額保険の仕組み自体に内在するリスクを読み取ることはできないような文書であるから、三菱銀行八千代支店や青山ファイナンシャルステーションの担当者の説明も右文書と同様、変額保険の有利さだけを強調したものであったことは想像に難くないところであり、右に認定した訪問回数等と併せて考えれば、三菱銀行八千代支店や青山ファイナンシャルステーションの担当者は、原告に対して変額保険の有利さだけを強調した説明をしたものの、原告が無関心であったために勧誘が継続しなかったと解するのが相当である。この点に関し、証人白石一英は、三菱銀行及び青山ファイナンシャルステーションが平成二年二月以後も勧誘を継続していたのではないかとの推測を述べているが、その根拠は、本件変額保険の加入を決めたころ、原告が三菱には内緒にしておこうと述べたという一事であるところ、この原告の発言は、従来から取引のある三菱銀行からの勧誘を断り、結果として被告銀行と契約した者としては自然な発言であり、必ずしも勧誘継続の事実とは直結しないものというべきである。
戊第九号証の前記記載部分及び証人金子道大の前記供述部分は、右のような経緯等を十分踏まえることなく、原告が前記企画書その他の資料を所持していて白石にその写しを渡したとの前提に立って、原告のそのような言動からすれば、前記企画書その他の資料の内容を十分理解していたはずであるとの推論を述べているにすぎないものというべきであって、この点に関する戊第九号証の前記記載部分及び証人金子道大の前記供述部分を採用することはできない。
もっとも、乙第二号証の記載中には、原告が相続税対策としての変額保険加入に関心を持ち、三菱銀行八千代支店、青山ファイナンシャルステーションにそのための企画書を作成してもらい、その他パンフレット等を入手していたこと、原告が花岡(被告銀行の支店長代理)に右企画書を見せてコピーを取らせたり、相続税評価額の計算を求めたりしたこと等の記載があるが、このとおりであるとすれば、原告は右パンフレット等を所持しながら、坂本を通じて被告銀行に打診したということになるが、わざわざ勧誘に来た三菱銀行に対して拒絶しつつ、被告銀行に改めて打診する必要性も乏しいばかりか、被告銀行とのやりとりを前記坂本を通じて行うことも不自然であり、また坂本からコピーを入手しているのにさらに花岡が原告からコピーを入手するというのも不自然であり、原告本人尋問の結果に照らしても右証言等は採用できない。
また、明治生命の担当者による変額保険の説明については、原告本人尋問の結果によれば、明治生命の担当者が訪問したのは一度だけであり、三菱銀行が別途勧誘に来ていることがわかったのでその後は来なくなったことが認められるから、実質的な説明がなんら行われていないことは明らかである。この認定に反する戊第九号証の前記記載部分及び証人金子道大の前記供述部分は、採用することはできない。
したがって、原告が三菱銀行八千代支店、青山ファイナンシャルステーション又は明治生命から変額保険の十分な説明を受けたとの被告日団の前記主張事実については、これを認めるに足りる証拠はないに帰する。
(二) 金子が初めて原告を訪問したときの説明については、金子の自己紹介や世間話が大部分で、変額保険の話はわずかに数分程度であったことについて、同席していた証人白石一英の証言と原告本人の供述が一致しており、これに反する証人金子道大の証言部分は採用できない。
しかも説明の内容については、証人白石一英も明確な供述をしておらず、その所要時間や、金子が白石において有利な相続税対策として変額保険を推奨していることを知りつつ、原告宅を訪れていると解されることからしても、相続税対策として変額保険がいかに有利な手段であるかといった程度の話でしかなかったものと推認され、保険料の大部分が株式投資にあてられることや株価が下がれば、銀行からの借入金の元利金を支払えなくなる危険性もあることを説明したとの証人金子道大の供述は、原告本人尋問の結果に照らしても採用できない。
(三) 証人金子道大は、その証言中で、変額保険の仕組みを説明したパンフレット(戊第一号証)を原告を訪問した初めのころ原告に交付した旨を証言しているが、原告は、最初の日に金子から相続税対策のプランが記載された書面を交付されたが、それ以外の書面は受け取っていない旨を供述している。
確かに一般的には、変額保険の説明のために、最初に右パンフレットのようなものを渡すことも多いと思われるが、本件では、証人金子道大の証言によれば、金子は原告が三菱銀行八千代支店、青山ファイナンシャルステーションから変額保険の説明を受けて変額保険については既に十分理解しており、青山ファイナンシャルステーションから前記一2のパンフレットや企画書を受け取っていると考えていたことが認められるのであるから、金子が今更一般的な解説のしてある戊第一号証のようなパンフレットを渡すよりも変額保険を用いた相続税対策のプランを持ち込んだ方が原告の興味を引くであろうと考えることも十分あり得るところであり、また前項で認定したように、金子の訪問初日に行われた説明が相続税対策に関するものであったことからすると、そこで渡されたのは、右パンフレットであったというよりも原告主張のような相続税対策のプランであったというほうが自然でもあるから、右のような事情を踏まえて原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らすと、証人金子道大の前記証言は採用できない。
証人金子道大は、初日には相続税対策のプラン(企画書)は、作りようがないので持って行けない旨証言するが、証人金子道大の証言によると金子は白石から既に青山ファイナンシャルステーション作成の前出の企画書(戊第七号証の二)を見せられていることが認められ、右企画書には原告の家族構成等が記載されているのであるから、金子がその情報をもとにプランを作成することは十分可能であったというべきであり、証人金子道大の前記証言は採用することはできない。
(四) 被告日団は、平成二年九月一四日までの間に金子は四回位原告を訪問した旨主張し、証人金子道大は同月二〇日までの間に五、六回訪問した旨を証言しているが、原告本人は、同月一七日の訪問が二度目であることを供述しているところ、戊第九号証及び証人金子道大の証言中には、初めて原告を訪問したときを除いて、各訪問の時期、訪問時の同行者等について、具体的な記載及び証言が全くなく、金子の各訪問の際の原告とのやりとりについて時期等の特定がないものの、わずかに以下の(五)ないし(七)の証言があるが、後述のとおり、これらはいずれも採用し得ないことに照らすと、証人金子道大の五、六回原告を訪問したという右証言部分は採用できない。
証人白石一英の証言中には、同年六月二九日に、金子、花岡、三奈建興の皆川社長及び坂本部長が原告宅を訪問し、金子が改めて変額保険の内容を説明したという花岡の報告を受けた旨の証言があるが、三奈建興の皆川社長及び坂本部長の同行という特別な訪問で、かつ、その面前で改めて原告に変額保険の内容を説明をしたという特に金子の記憶に強く残るであろう重要な訪問であるにもかかわらず、戊第九号証及び証人金子道大の証言中には、その訪問について触れたものは一切ないこと及び原告本人尋問の結果に照らして証人白石一英の右証言部分は信用できない。
(五) 証人金子道大は、いつごろかは不明だが、雑誌「日経マネー」平成二年七月号の抜粋記事(戊第八号証)を原告に交付した旨証言するが、原告本にはこれを受け取った事実はないと供述している。
確かに、右記事には変額保険について保険料を株式を中心に運用すること、運用実績は株式相場の動向に大きく左右され、保険金や解約返戻金の額が変わる旨の記載がある。もっとも、この記事の主眼は、近時、株式相場の低迷により、運用実績が低迷しているが、逆に株価の低い時期に加入すれば、将来の株式相場の値上がりによって運用実績の向上が期待できるという点にある。すなわち、株価の変動を予測して、高額の解約返戻金を得ようという、いわば、変額保険の投機目的利用を前面に出した記事といえるのである(右記事の見出し部分の一部には「短期間で多額の解約返戻金を手にすることも可能であるため、利殖目的で加入する人が多い。」との記述がある。)。
しかし、原告は原告が所有する農地を維持するために相続税対策を取ろうとしており、それに沿うものとして金子及び白石は変額保険を推奨していたのであり、勧誘のポイントもいかに相続税対策として有効であることを納得させるかという点にあったと考えられる。ところが、右記事には相続税対策に関する記述は皆無であり、専ら投機目的の加入を勧めている点で、これを原告に交付することは、勧誘途上の金子らにとってむしろ有害無益と言わざるを得ず、勧誘の経緯に照らしても唐突の感を免れないとうべきであり、原告本人尋問の結果に照らしても、この点に関する証人金子道大の証言は採用できない。
(六) また、証人金子道大は、原告は「日経平均株価」を話題にし、株価の推移を見て加入のタンミングを計っており、前記「日経マネー」の記事どおり、当時、株価及びそれに連動する運用実績が下がっていたことを前提として、株価が底である時を見計って加入することで、高い運用実績を得ようとしていた旨証言し、証人白石一英もこれに沿う証言をしている。
しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告には株式投資の経験がないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないが、一方、金子及び白石において原告が株価の推移を見ていると判断した根拠は、同人らの証言によれば、専ら原告が「日経平均株価」という単語を知っていたことと、日経平均株価に関する会話をしたという事実だけにすぎないところ、右事実のみをもって、大正生まれで、尋常小学校を卒業して以来専業農家を営んでおり、株式投資の経験もない原告が株価の推移を見ていたなどとは到底いうことができない。
さらに、前記一認定のとおり、原告の加入目的は、農地を維持するための相続税対策であること、原告は多額の借入れをして万が一返済に支障を来し、肝心の農地を失うことになる事態を懸念して、高額の借入れを伴う変額保険の加入をなかなか決断できなかったことに照らせば、原告が株価の推移を予測して株価の値上がりを見込んで加入するなどという投機的な行為を行うことはおよそ考えられないというべきである。
また、証人金子道大及び同白石一英の各証言どおりに原告がこのように株価の値動きと運用実績との関係に注目していたというのであれば、当然、金子らに対し、当時の運用実績を尋ねたはずであるが、証人金子道大、同白石一英の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は運用実績について金子や白石に質問をしたこともなく、金子らもこの点について明らかにしたことがないことが認められる。
以上の事情及び原告本人尋問の結果に照らすと前記証人金子道大及び同白石一英の各証言部分は採用できない。
(七) 証人金子道大は、保険金額を約一二億円と考えていた原告に対して、変額保険のリスクを考慮して、半額の六億円とすること及び保険会社を分けた方が各会社の投資先が違うのでリスクの分散になることを助言した旨証言し、証人白石一英は、花岡からも一二億円ではなく半額くらいにしたほうがよいと助言したことを証言している。
しかし、金子らの言う保険金額一二億円のプランは、青山ファイナンシャルステーションが作成し原告の自宅に持参した資料(戊第七号証の二)に記載してあったものにすぎず、原告はこの青山ファイナンシャルステーションのプランに大した関心を払っていなかったことは前記認定のとおりであり、原告が当初から一二億円の加入を考えていた事実は認められない。また、原告が最後まで加入の決断がつかなかったのは、借入額があまりに高額であることからくる不安であったことは前記認定のとおりであるところ、原告は加入を決断した日に、白石から保険金額は六億円以下では土地を守れないといわれて、保険金額六億円の保険に加入することになった旨を供述しており、この点に関する原告本人の供述は具体的であり、かつ保険加入に至る前記認定の経緯と合致するものである。
のみならず、PF型相続対策・ファイナンスプラン企画書(戊第七号証の二)による青山ファイナンシャルステーションのプランと本件各変額保険契約の内容とを対比すると、前者は、被保険者については原告(大正一一年五月一三日生)、原告の妻佐藤貞子(大正一四年一二月六日生)、長女大西優子(昭和二六年七月三日生)、養子佐藤章夫(昭和二六年一〇月二三日生)、次女佐藤冨美江(昭和二八年七月二五日生)及び長男佐藤吉嗣(昭和三一年一月六日生)の六名とし、基本保険金額については原告につき四億五〇〇〇万円、原告の妻につき五億円、原告の子四名につきそれぞれ七億円とし、保険料については原告につき二億七八六九万三〇〇〇円、原告の妻につき二億三九九二万七〇〇〇円、原告の子四名につき合計六億六七五五万二〇〇〇円とするものであるところ、本件各変額保険契約は、被保険者については原告の子四名だけとし、基本保険金額については原告の子四名につきそれぞれ六億円(各人別の合計額)とし、保険料については原告の子四名につき合計五億八〇二四万五〇〇〇円とするものであって、本件各変額保険契約は、なるほど原告の子四名に関する限りは保険料を六億六七五五万二〇〇〇円から五億八〇二四万五〇〇〇円まで八七三〇万七〇〇〇円減額したものといえるものの、青山ファイナンシャルステーションのプランでは被保険者としていた原告及び原告の妻を被保険者から外すことによって保険料を減額しているのであり、保険料減額の要因の大半がここにあることが明らかである。そうすると、本件各変額保険契約は、保険料の減額分だけ見ると原告のリスクを少なくしたかのようでありながら、青山ファイナンシャルステーションのプランでは被保険者としていた原告及び原告の妻を被保険者から外して原告の子四名だけとしてしまったため、青山ファイナンシャルステーションのプランでは、原告、次いで原告の妻について相続が発生した場合に支払われる死亡保険金(基本保険金は全額保証されている。)を銀行からの借入金の支払原資とすることができたのに、本件各変額保険契約では、原告、次いで原告の妻について相続が発生しても何ら死亡保険金が支払われず、通常数十年後と予想される原告の子四名についての相続の発生時に初めて死亡保険金が支払われることになるのであるから、原告、次いで原告の妻について相続が発生しても、銀行からの借入金に対する弁済の原資とすべき死亡保険金は得られないことになる。したがって、原告、次いで原告の妻について相続が発生した時点で被告銀行からの借入金に対する弁済を行おうとすれば、本件各変額保険契約を解約してその解約返戻金をもって弁済原資とするほかないものといわざるを得ないから、原告、次いで原告の妻について相続が発生するまでの間に相当高水準の運用実績が継続するとの見通しに立たない限り、破綻することが目に見えていることになり、結局変額保険の変動のリスクを考慮して保険料を六億円に減額したものとは認め難いものといわざるを得ないことになる。要するに、本件各変額保険契約は、青山ファイナンシャルステーションのプランを下敷にしつつ構想されたものであるが、客観的にはこれよりもいわば質的にリスクを増大させる意味を持ったものといわざるを得ない。このような結果は、原告が高齢で被保険者としての加入年齢を超えており、また、原告の妻も高齢な上糖尿病で入院していたが故に、原告及び原告の妻を被保険者から外したためにもたらされたものなのであって、保険料の減額なるものは、金子や白石が原告のリスクを少なくする目的で行ったものではないといわざるを得ない。
また、原告本人は、引受保険会社についても、同じ時に白石が三社にすることを決めたと供述しているところ、もともと、原告は、平成〇年九月一四日までは加入自体に消極的であり、勧誘する側としては、細かい条件面よりもまず加入自体を説得していたと考えられるうえ、原告が本件各変額保険の加入を最後に決意したのは、いわば白石の人となりを見込んでという要素が強かったことは、前記認定のとおりであり、いったん加入を決意してしまった以上、細かい条件等については白石の決めたとおりに従ったまでであり、原告本人の供述にはなんら不自然なところはなく、保険会社を三社にしたのが、原告の意向によるリスクの分配のためなどではないことは明らかである。
もっとも、前記のとおり、本件各変額保険契約は、原告、次いで原告の妻について相続が発生した場合には、解約返戻金をもって銀行からの借入金の支払原資とするほかないものであり、必然的に相当高水準の運用実績が継続するとの見通しに立たざるを得ないものであったから、金子や白石に関する限りでいえば、金子や白石が保険会社を三社にすることによりリスクの分散を図ろうとしたということはいえるであろう(証人金子道大の証言に原告本人尋問の結果を併せて考えれば、金子が保険会社を三社にしたのは白石の強い意向によるものであったことがうかがわれる。)。しかし、それは金子や白石自身の判断なのであって、それを原告自身がリスクを認識してリスクの分散を図ったということができないことは明らかである。
よって、前述の証人金子道大及び同白石一英の各証言は採用できない。
(八) 被告日団は、金子が原告に対し、原告の契約申込み以前にご契約のしおり・約款等を交付した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
前記認定のとおり、金子は平成二年九月一七日以前に一度しか原告を訪ねていないのであり、最初の訪問でこれらを交付していないことは、金子も認めているのであり、二度目の訪問である同日は、原告に健康診断の都合を聞きに来ただけであり、このときにこれらを交付したと認めるに足りる証拠はないから、原告の契約申込み以前にこれを交付したことは認められない。
(九) 証人金子道大は、原告が顧問税理士である下山税理士と相談の上加入を決めたと証言し、証人白石一英は、被保険者を相続人にし、二次相続中心に企画を変更したのは下山税理士の助言があったと聞いたとの花岡の報告を証言している。
しかし、金子、白石及び花岡のいずれも下山税理士の同席の下で原告に説明をしたことはなく、甲第二六号証によれば、変額保険の加入前に原告から変額保険の相談を受けたことは一切ない旨を下山税理士自身が回答しており、これに反する証人金子道大及び同白石一英の証言部分は信用できない。
(一〇) 被告日団は、本件各変額保険契約が、被保険者の死亡により支払われる死亡保険金(基本保険金だけで二四億円)によって被告銀行の貸金元利金を支払うことを想定していたものであるかのように主張し、証人白石一英の証言中にはこれに沿うかのような部分がある。
たしかに、白石が、いざとなれば合計金二四億円に上る巨額の本件各変額保険契約の基本保険金が被告銀行の貸金元利金の返済原資となると考え、自分なりに安心していたという事情があったことは前記認定のとおりであるが、白石が原告に対して自分の右判断を表に出して説明することはなかったため、原告が数十年後という遠い将来の死亡保険金を支払原資とすることを念頭においていなかったことも前記認定のとおりである。
のみならず、本件融資契約においては、被告銀行からの借入金に対する利息も被告銀行からの借入金で賄うためその部分は実質複利計算となる。本件融資契約は長期プライムレート連動型であるが、本件各変額保険契約締結時における被保険者の年齢は、大西優子三九歳、佐藤章夫三八歳、佐藤冨美江三七歳、佐藤吉嗣三四歳であり、当時における各人の平均余命はそれぞれ大西優子43.9年、佐藤章夫約39.4年、佐藤冨美江45.8年、佐藤吉嗣43.3年であるから、仮に四〇年後に各変額保険契約の被保険者が全員死亡したとして、四〇年後に被告銀行に返済しなければならない金額は(計算を単純化するため借入金を六億円とし、以下の各金利が継続したものとして試算する)、利息分だけでも別表1ないし6記載のとおり、利息三パーセントで一一億四一二〇万円(別表1)、四パーセントで一七億〇八八〇万円(別表2)、五パーセントで二三億七〇〇〇万円(別主て3)、六パーセントで三一億二四八〇万円(別表4)、七パーセントで三九億七三二〇万円(別表5)、八パーセントで四九億一五二〇万円(別表6)となる。したがって、返済しなければならない元利金合計は、三パーセントで一七億四一二〇万円、四パーセントで二三億〇八八〇万円、五パーセントで二九億七〇〇〇万円、六パーセントで三七億二四八〇万円、七パーセントで四五億七三二〇万円、八パーセントで五五億一五二〇万円である。これを基本保険金だけで弁済することを考えると、三〇年間四パーセント以下の金利が続いた場合でないと支払原資が不足することになる。まず、被保険者らの死亡前に借入金の金利が嵩み、本件融資契約で定められた極度額を越えることは確実であるところ、本件融資契約においてこのような事態に対処するための特約は何ら合意されておらず、被告銀行が組織として継続的に原告の苦境を配慮していくという法的な保障は全くないのであるから、中途で本件各変額保険契約を解約して解約返戻金を持って元利金の弁済に当てなければならなくなるのであり、白石の考えているように子供らの死亡時まで本件各変額保険契約を継続し得るはずもなく、何ら二次相続に対する対策ともなり得ないというべきである。また、この間に経済の変動により不動産の担保価値が下落して担保不足を来したり、引受保険会社の経営が不振に陥ったり、あるいは被保険者のうちに三〇年よりもはるかに長生きするものがあれば、死亡保険金を支払原資とするという構想は動揺せざるを得なくなる。(ちなみに契約時の利率は、8.3パーセント、平成三年七月三〇日の利率は8.125パーセント、同年一二月二八日の利率は7.625パーセント、平成四年三月一六日の利率は6.875パーセントであった。)
以上のように、数十年後と予想される被保険者の死亡により支払われる死亡保険金を支払原資とするという構想は相当のリスクを伴うから、長期間にわたって担保の目的とした不動産を処分したり、他の債務の担保に供することができないこととなることを別としても、このような構想を受け入れることは容易ならざることであるといわざるを得ない。
前記認定のとおり、白石は、もともとは、原告を被保険者とする変額保険契約を締結し、原告が死亡したときに支払われる死亡保険金で被告銀行からの借入金を返済するという案を原告に勧めていたのであるが、その後金子から、原告が既に六八歳五箇月に達していて被保険者としての加入年齢を超えており、原告を被保険者とする変額保険契約を締結することはできないと指摘され、また、原告の妻が糖尿病で入院するという事態が生じたため、もともとの案では契約締結に漕ぎ着けないこととなってしまったのに、ここは何としてでも被告銀行の全額融資による変額保険契約締結に漕ぎ着けたいと考え、原告に対し、相続税対策の効果には変わりがないことを理由にして、二回目の相続を考えて被保険者は子供らにしたほうがいいと勧め、被告銀行からの借入金の返済原資については、変額保険の保険料は我が国一流の大企業、専門家が運用するから運用益の九パーセントは保証されているに等しく、実際はそれよりも相当程度高く常に銀行金利を上回る運用益が見込まれると述べ、原告について相続が発生したときには変額保険を解約すれば被告銀行からの借入金を返済できると説明して原告の不安を払拭したものというべきである。
白石は、本件訴訟の提起を受け、自分の行為の正当性を論証すべく、合計金二四億円に上る巨額の本件各変額保険契約の基本保険金が被告銀行の貸金元利金の返済原資となるという説明を持ち出したものと思われるが、この説明は、白石が原告に対して実際にした説明と異なるし、その実際上の帰結も問題を先送りするだけで結局破綻せざるを得ないものであるといわざるを得ない。
よって、証人白石一英の前記証言部分は採用することができず、被告日団の前記主張は理由がない。
2 また、前記一の認定に対して、被告銀行は、白石は原告に対し、変額保険が有効な相続税対策になることを話したにすぎず、金子を紹介したにとどまり、独自に変額保険について勧誘や説明をしたことはない旨主張し、乙第二号証及び証人白石一英の証言中にはこれに沿う記載及び証言がある。
しかし、前記の認定のとおり、白石自身が平成二年九月ころまで原告方を一〇回ほど訪問し、そのほかにも花岡が単独で訪問していたのに対し、金子が原告を訪問して勧誘したのは、白石とともに原告を訪ねた一回だけであること、契約から約一年後に原告が保険会社から運用実績を受け取ったときも、原告は保険会社ではなく被告銀行にまず説明を求めていること、損失に気付いて抗議をする原告に対し、金子が自分は勧誘しておらず保険会社を取り次いだだけである旨のいいわけをしていることといった事情に鑑みれば、原告に対する勧誘の主体が金子ではなく、白石であったことは明らかであり、白石は同年二月に被告銀行勝田台支店の支店長に就任し、高額の融資をまとめたいとの気持ちを多分に有していたこと(右のような気持ちを有していたことは証人白石一英の証言によって認められる。)から、原告に対する勧誘に熱心に取り組んだものと考えられ、原告に対する勧誘や説明をしていないという証人白石一英の証言及び乙第二号証は採用できない。
白石は、原告に対する勧誘や説明をしたことはない旨証言する以上、前記一認定の勧誘の内容についてもすべて否定するものであり、勧誘内容についての認定は甲第二三号証(原告の陳述書)及び原告本人尋問の結果に依拠するものであるが、右証拠中において原告は、農業一筋に生活し、先祖から伝承した土地を守ることを第一義に考えていた原告が、なぜ土地を担保に巨額の金員を借り入れるようになったのかについて、相続税対策を取らなければ土地を失うおそれがあると危惧したこと、地元の一流企業の支店長の言うことに耳を傾けようと思ったこと、最後まで迷ったが、熱心に勧誘を続ける白石の熱意と人柄に動かされ、借入金の返済は全く心配がないと言い切る白石の言葉を信じて変額保険の加入を決意するに至った過程とその心情の変化を詳細に述べており、右供述はごく自然で理解しうるところであり、とりわけ、最終的に原告が変額保険への加入を決意する平成二年九月一四日に関する甲第二三号証及び原告本人の供述は、畑で農作業をしている原告のところへ白石と花岡が細い畑道を歩いてやってきて、白石において開口一番「今日決めてしまいましょう。」と切り出し、折から妻が糖尿病で入院しており気持ちが不安定になっていた原告は、右のような白石の一方的な言い方に一瞬反発を覚えながらも、家へ戻る道すがら繰り返し熱心に、何の危険もない有利な保険であると変額保険の勧誘を続ける白石の言葉に次第に心が動いてゆき、「千葉銀行はお客様に迷惑をかけるようなことは決してしません。何の対策もとらなければ土地は守れませんよ。」と言い切った白石の言葉がだめ押しとなって、銀行の支店長がここまで原告の将来について心配して熱心に話をしてくれることに心を打たれてしまい、変額保険に加入することを決意し、その旨を白石に伝えたというものであり、右供述は、その場の情景が目に浮かぶほど具体的かつ詳細であり、その心情の変化の過程も聞く者をして首肯せしめるに足るものである。一方、証人白石一英は、その証言中において、原告が変額保険への加入を決めたのは、平成二年七月ころであり、その後、原告は株価の推移を見ており、株価が下がるタイミングを見計って同年九月に加入した旨供述し、同月一四日の前記勧誘行為については一切沈黙しているが、原告が株価の推移を見ていたとの供述は前記のとおり不自然でまったく採用できないし、最終的に契約の承諾を得た場面について何の供述もできない白石の供述態度からもかえって原告本人の供述の信憑性が肯定しうると解される。
三 本件各変額保険契約の有効性について
1 前記認定のとおり、原告が本件融資契約を締結して被告銀行から保険料相当額を借り入れ、これを支払原資として本件各変額保険契約を締結したのは、原告が、白石の説明したとおり、原告死亡時には、保険料を借り入れていることでその分相続財産が減少して相続税が減額されるとともに、変額保険の保険料は我が国一流の大企業、専門家が運用するから運用益の九パーセントは保証されているに等しく、実際はそれよりも相当程度高く常に銀行金利を上回る運用益が見込まれるから、原告について相続が発生したときには変額保険を解約すれば被告銀行からの借入金を返済できるし、納税資金の準備もできるのであって、死亡保険金が支払われるのと同じ結果になり、借入額は大きいが被告銀行に対する返済は全く心配ないと認識していたためである。
2 しかし、変額保険とは、定額保険とは異なり、保険契約者が払い込んだ保険料のうち、一般勘定に繰り入れられる部分を除いた部分を特別勘定として独立に管理し、主に株式や債券で運用し、その運用実績により保険金額及び解約返戻金額が変動する生命保険であり、将来の定額保険においては安全性重視の運用を行い、一定額の保険金、解約返戻金を保証されており、資産運用の変動によるリスクを保険会社が負っているのに対し、変額保険は特別勘定の運用実績により高い収益が得られる場合もあるが、株価や為替などの変動によるリスクを加入者が負うことが特徴である(但し、死亡、高度障害保険金については、基本保険金という最低保証が設けられている。)。
変額保険は、本来、インフレによる保険金額の実質的な目減りを避けることができる点に利点があるか、我が国では保険料を銀行から借り入れて保険料を一括して払い込むことによって土地所有者の相続税対策とすることを目的として契約する例が多数見られ、その場合、被保険者を土地所有者本人とするタイプと、土地所有者の相続人とするタイプがある。被保険者を土地所有者とするタイプは、相続発生時に遺族に支払われる死亡保険金によって、借入金の元利合計を返済し、残額を相続税の支払に充てるというものである。被保険者を土地所有者の相続人とするタイプは、土地所有者死亡時に、借入金債務と生命保険契約上の権利が被相続人から相続人に移転し、一時払い生命保険の権利評価が相続税法上、一時払い保険料の額によるものとされているために(相続税法二六条一項但書)、マイナス財産である借入金債務は利息によって大きく膨らんでいるのに対し、プラス財産である保険の権利評価額は一時払い保険料のままで一定である結果、その差額分だけ相続財産全体の評価が圧縮され、相続税が低減されるとの節税効果が生じるものであるが、相続人は借入金の元利合計の返済に保険契約の解約返戻金をもって当てることになるため、この返済が可能かどうかは変額保険の運用次第ということになる。
3 そして、原告が加入した本件各変額保険契約は被保険者を原告の子供らとするものであるから、前述のとおり相続財産の評価を下げるという効果はあるとしても、原告の相続時には、死亡保険金は支払われず、借入金の元利金の返済は、運用実績に大きく左右される解約返戻金によるしかないものである。
前記1記載の原告の認識は、原告が変額保険に加入することを決意する直前に、効果は変わりはないからとの白石の安易な説明で被保険者を原告本人とするタイプから原告の子供らとするタイプに変更したことから、死亡保険金と解約返戻金とを同一視する面がないとはいえないが、その要点は、原告の死亡時に保険会社から支払われる解約返戻金は、変額保険の運用益が最低九パーセント保証されているので、借入金の元利合計を常に上回っており、銀行からの借入元利金を返済できないことはあり得ないというところにある。
ところが、実際は解約返戻金は運用実績によって額が左右されるものであり、何の保証も存在しないことは前記のとおりであり、実際にも、本件各変額保険契約の解約返戻金が払込保険料すら下回る事態が生じていることは、前記認定のとおりである。
また、前記認定の契約締結に至る経過によれば、原告は、主として白石から変額保険の勧誘を受けたのであるが、金子も平成二年六月ころに白石と共に原告宅を訪れた際には、原告に相続税対策のプランを見せながら、このプランが原告に有利であることを強調することに終始し、変額保険のリスクには全く言及しなかったことは前記認定のとおりである。のみならず、同年九月一四日、白石が、相続税対策の効果には変わりがないことを理由に二回目の相続を考えて被保険者は子供らにしたほうがいいと原告を説得して、結局本件各変額保険契約締結当時三九歳の長女大西優子、三九歳の養子佐藤章夫、三七歳の次女佐藤冨美江及び三五歳の長男佐藤吉嗣(以上いずれも契約年齢)を被保険者として本件各変額保険契約が締結されるに至っており、白石が自分一人の考えでこのような保険契約の内容の根幹にかかわることを原告に提案したものではなく、これを構想したのは金子であり、これを受けて白石が被保険者を原告の子四名とすることで原告を説得したものであることも前記認定のとおりである。このように、金子は、白石が原告に勧めているのが原告の相続税対策のために全額銀行借入れによって保険料を賄って変額保険に加入するというプランであり、年数の経過とともに借入金の金利がかさんでいくことを熟知していながら、原告が既に六八歳六五箇月に達していて被保険者としての加入年齢を超えており、原告を被保険者とする変額保険契約を締結できず、また原告の妻は糖尿病で入院していて同人を被保険者とすることもできなかったために、実際の保険契約の内容として、既に高齢の域に達し相続対策が現実的な意味を有するといえる原告やその妻ではなく、数十年先でなければ相続という事態を想定することが困難な原告の子供らを被保険者とする本件各変額保険契約の締結を勧めているのであって、金子は、青山ファイナンシャルステーションのプランを下地としつつこれを右のように改変した過程において、原告が死亡した際に原告の相続人らが本件各変額保険契約を解約して受ける解約返戻金をもって保険料支払のための借入金を弁済することになることを当然予期し、原告、次いで原告の妻について相続が発生するまでの間に相当高水準の運用実績が継続するとの見通しに立って右行為に及んだものと推認することができる。
以上の各事実のほか、金子は、白石が原告に対して勧誘行為を行っていることを知悉し、白石から勧誘の状況を聞き知っていたと推認されるのはもちろん、白石による勧誘行為を自己の勧誘行為として援用ないし利用しようという意図があったものということができ、これらによれば、変額保険の運用益が最低九パーセントは保証されており、銀行からの借入元利金の返済ができなくなることはあり得ないと信じて本件各変額保険契約を締結するという原告の動機は、金子に対しても表示されていると解するのが相当である。
また、金子が代表者である千葉保険サービスは被告日団の生命保険募集人であり、本件各変額保険契約中被告日団が保険者である契約については千葉保険サービスが募集をし、被告日生及び被告三井が保険者である契約については、被告日団が取りまとめ役となり、被告日生及び被告三井は被告日団の生命保険募集人である千葉保険サービスから保険者の地位をもらう形で契約を締結するに至ったものであるが、金子は、前記のとおり、保険契約者、被保険者、基本保険金額を確定させ、白石の努力によって原告にすべてを了承させていたところ、被告日団、被告日生及び被告三井の保険契約締結手続の各担当者は、契約締結時まで原告とは一面識もなく、自らは変額保険について何の説明も行っておらず、契約当日も短時間の間に契約書の作成事務を行ったのみであって、金子による勧誘の成果をそのまま自己のものとし、金子が確定していたとおりの保険契約者、被保険者、基本保険金額で契約を締結するに至っている。したがって、被告日団、被告日生及び被告三井は、本件各変額保険契約についての保険者としての契約締結の実質的な判断を金子にゆだねていたに等しいのであるから、原告の本件各変額保険契約申込の意思表示についての意思の欠缺、瑕疵に関する認識、過失等については、金子が被告日団、被告日生及び被告三井の代理人である場合に準じ、金子につきその事実の有無を決定するのが信義則に照らして相当であるというべきであり、被告日団、被告日生及び被告三井が、千葉保険サービス(金子)は生命保険募集人として契約締結の媒介をしたにすぎないとしてこれを否定することは許されないものと解するのが相当である。そうすると、前記の原告の動機は、信義則上、被告日団のみならず被告日生及び被告三井に対しても表示されていると解するのが相当である。
そして、原告は、変額保険の運用益が最低九パーセント保証されており、銀行からの借入金の返済ができなくなることはあり得ないと確信していなかったならば、本件各変額保険契約を締結することはあり得なかったから、原告の本件各変額保険契約締結には要素の錯誤があったといわざるを得ない。
4 また、原告には、保険会社の社員でもない白石の説明を鵜呑みにし、保険料の運用が何でなされるかを慎重に調査しなかった等の落ち度はあると言わざるを得ないが、原告は地元の一流銀行の支店長である白石に全幅の信頼を寄せていたのであり、白石もそのことを十分承知しながら、原告に対して変額保険のリスク面についての説明をせず、相続税対策の利点のみを強調していたほか、原告が変額保険に加入することを決断した際には、それまで被保険者を原告とし死亡保険金で借入金を返済する契約を勧めていたにもかかわらず、原告が被保険者としての加入年齢を超えており、原告を被保険者とする変額保険契約を締結することができないこととなったために、手の平を返したように今度は被保険者を子供らとする契約を勧め、その際には、前記の2のような両方の契約の違いについて十分説明せず、効果は変わりがないと説明していたのであって、白石のこのような言動は、自分が原告の心を完全にとらえ、自分に対する全幅の信頼を勝ち取ったことを利用し、この機を逃さずとばかりに一気呵成に本件各変額保険契約締結に漕ぎ着けたと評されてもやむを得ないものであって、自分に対して全面的に信頼している者に対するものとしてはあまりに安易、かつ、不当なものであるというほかなく、このような事情に照らして考えると、原告に前記落ち度があったことをもって、原告に重大な過失があったということはできない。
したがって、本件各変額保険の締結は、要素の錯誤により無効である。なお、被告各保険会社が受領した保険料相当額について不当利得として原告に返還すべきか否かについては後述する。
四 本件銀行契約の有効性について
1 前記認定のとおり、原告は、白石による勧誘の結果、本件各変額保険契約を締結するとともに、保険料を一括して支払うために借入れをし、右借入金に対する金利についても新たな借入金によって支払うため、本件銀行契約を締結したのであるが、右契約締結に当たり、実際には、変額保険の運用益については何の保証もなく、解約返戻金は株式や債券による運用実績によって額が左右され、払込保険料すら下回ることがあり、解約返戻金によって右借入元利金を弁済することができなくなる場合が生ずるにもかかわらず、変額保険においては運用益は最低九パーセントが保証されており、右借入元利金を返済するに足りる解約返戻金を受けることができるのであって、本件融資契約に係る借入元利金を返済できなくなることはあり得ないと誤信していたものである。
そして、右のような原告の動機は、専ら白石が、運用益は九パーセント保証されており、借入元利金を返済できなくなることはあり得ないとの説明をして原告を勧誘したことによって形成されたものであり、白石は原告が右のような動機を有していることを十分認識しながら、本件銀行契約の締結を勧めたことは明らかである。そして、白石は、被告銀行勝田台支店の支店長の地位にあり、支店内の事務の総括責任者であって、勝田台支店扱いの案件については被告の営業に関する行為について代理権を有するから、右動機は白石に表示されることで、被告銀行に対して表示されているということができ、かつ、原告が右のような誤信をしていなかったならば、本件銀行契約を締結していなかったことは明らかであるから、本件銀行契約を締結するについて原告には要素の錯誤があったといわざるを得ない。
また、右錯誤に当たり、原告に重大な過失がなかったことは前述したとおりであるから、本件銀行契約は要素の錯誤により無効というべきである。
2 したがって、被告銀行は、原告に対し、別紙物件目録一ないし九記載の土地及び建物について、別紙登記目録一及び二記載の各根抵当権設定登記の抹消登記手続をしなければならない(ただし、物件目録五記載の建物は、原告の持分が一〇〇分の七九であるから、抹消登記手続ではなく、更正登記手続が正しい。)。
五 被告各保険会社に対する請求について
1 前述のとおり本件融資契約は無効であるから、原告は、被告銀行に対し借入金相当額の金員を不当利得として返還すべき義務を負う。また、本件各変額保険契約も無効であるから、原告は、被告各保険会社に対し払込保険料相当額の金員の返還を請求することができるものというべきである。ところで、本件融資契約と本件各変額保険契約とは別個の契約であるが、本件融資契約は本件各変額保険契約の保険料を支払うことを目的として締結され、被告各保険会社に支払われた保険料は、被告銀行との間に締結された本件融資契約に基づき原告が全額被告銀行から借り入れたものである(原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、借入金は被告銀行から被告各保険会社にたいして直接払込みがなされ、何ら原告の手を経ていないことが認められる。)。
そうすると、本件各契約が無効であることによる払込保険料に関する関係者間の利得及び損失の調整は、被告銀行と被告各保険会社との間において払込保険料相当額の金員の清算が行われることによってはじめて完結するのであって、原告の被告各保険会社に対する不当利得返還請求は、被告銀行から不当利得返還請求を受けた場合に備えるためのものであり、右の最終的な清算に至るための過程ないし手段として位置づけることができる。不当利得制度の本質が形式的、一般的には正当視される財産的価値の移動が、実質的、相対的には正当視されない場合に、公平の見地から利得者と損失者との間の財産上の均衡を図ることにあることからすれば、本件においては右の最終的な清算を行うのに必要かつ十分な限度において原告の不当利得返還請求を認めるのが相当である。しかるに、原告が被告銀行から不当利得返還請求を受けておらず、その不当利得返還債務が遅滞に陥っていないのに、原告が被告各保険会社に対し不当利得返還請求をしたことにより遅延損害金まで請求することができると解するときは、原告がかえって遅延損害金相当額の利得を得る結果を容認する結果となり、不当である。したがって、原告の被告各保険会社に対する不当利得返還請求は、原告が被告銀行に対して負う借入金相当額の不当利得返還債務の限度でこれを認めれば足りるものというべきである(もともと経済的には、被告銀行と被告各保険会社の間において金銭関係の清算を直接行うことが簡明であるにもかかわらず、法律的には、原告と被告各保険会社との間に締結された本件各変額保険契約と、被告銀行と原告との間に締結された本件融資契約とについて、それぞれの契約関係ごとに不当利得返還請求による清算を行わざるを得ないために、これを形式的に貫くことにより生じるべき不当な結果は可能な限り避けるように解するのが相当である。)。右のとおり原告の不当利得返還債務が被告銀行から請求を受けない限り遅延に陥らないことを考えると、被告各保険会社の原告に対する不当利得返還債務は、原告が被告銀行から不当利得返還請求を受けた場合に限り、原告が被告各保険会社に対して請求することにより遅延に陥るものと解するのが相当である。
悪意の受益者については受益について帰責事由があるので、このことを根拠に右と別異に解するべきか否かが問題になるが、本件のような場合には、原告が被告銀行に対して負う借入金相当額の不当利得返還債務の限度で原告の被告各保険会社に対する不当利得返還請求を認めれば足りると解するべきであり、この点においては善意の受益者の場合と同様である。したがって、悪意の受益者の場合についても基本的には前述したところと同様に解するのが相当であり、被告各保険会社が悪意の受益者の場合には、原告は、原告が被告銀行から不当利得返還請求を受けた場合に限り、被告各保険会社に対してその時以降の遅延損害金を請求することができるものと解するのが相当である。
2 原告は、被告各保険会社が悪意の受益者であるとして保険料払込みの後である平成二年一〇月一日から遅延損害金の支払を請求するが、原告が被告銀行から不当利得返還請求を受けたことを何ら主張立証しないから、原告の右請求は既にこの点において理由がない(なお、仮に原告が被告銀行から不当利得返還請求を受けることを条件とする将来の給付請求として遅延損害金の支払を請求するものであるとすれば、あらかじめその請求をする必要を認めるに足りる証拠がないから、不適法である。)。
六 以上により、原告の主位的請求は、被告銀行に対する請求についてはすべて理由があるからこれを認容し、被告各保険会社に対する請求については各払込保険料相当額の金員の返還を請求する限度で理由があるからこれを認容し、その付帯請求については理由がないから失当としてこれを棄却し(原告が、主位的請求中付帯請求だけが棄却された場合に予備的請求の判断を求める趣旨でないことは明らかである。)、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官髙世三郎 裁判官小野憲一 裁判官男澤聡子)
別紙〈省略〉